百合に寄り添う蓮華の作法

百合と妹って、黒鮪と松坂牛みたいじゃない?

ATRIプレイ感想

 

 先日、「ATRI-My Dear Moments-」をプレイしました。あの「フロントウィング」と「枕」の共同制作で作られたロープライス全年齢向けノベルゲームとして注目を集めていた作品です。今回はタイトルの通り、このゲームをプレイした感想を綴っていこうと思います。ちなみにネタバレ要素は多々あるので、プレイする予定のある人はブラウザバック推奨です。

 

 

 

公式サイト

https://atri-mdm.com/

 

 

f:id:pentasan3:20200909113452p:plain

 

以下常体

 

 

 

 

 このゲーム全体の感想を一言でいうと、「コスパが良すぎる」だろうか。2000円ほどのロープライスで(自分が買った時はセールしてたから1900円ほど)、クオリティがめちゃくちゃ高い。キャラはもちろん可愛いし、イラストとBGMが素晴らしい。背景はすべてが驚くほど綺麗で、CGもめちゃくちゃ綺麗でキャラはかわいい。BGMは非常に雰囲気にマッチしていた。特に「海中都市」が好きだった。そして何よりシナリオがとてもよかった。やさぐれていた主人公がアトリと出会い変わり始め、学校に行くことで多くの人と知り合い、お互いに影響を与えながら成長していく物語。中盤ではサルベージ屋を始めたり主人公がロボットを好きになったりと意外な展開が続く。終盤ではシリアス強めになるものの、主人公とアトリのイチャイチャやギャグシーンなどもあり、テンポよく読み進めることができた。序盤の伏線もきちんと回収されており、最後の怒涛の展開には感動することができた。そのあとはアトリがとても可愛かった。終始可愛かったけど。これでこの値段はすごいなあと心から思った。「光放て!」も最高だった。

 残念だったのは、人間とロボットが付き合うというのがあまりに自然すぎたことだろうか。そもそもアトリが人間にしか見えなくてプレイする側も違和感がなかったが、個人的にそういう葛藤が好きなので残念だったなと。

 些細な点で思うところはあったが、総じてものすごくクオリティの高い名作だったと思う。全年齢なのでノベルゲームに抵抗のある人でもまだやりやすいと思うし、おすすめのノベルゲームを聞かれたらぜひとも薦めたい作品だった。

 

 

 これからはこのゲームをして考えたこと。まあまあ長いので気になる方だけ読んでください。

 

 

f:id:pentasan3:20200909113537p:plain

 

 

 

 

 さて、このゲームをクリアしたときに感じたこと、というか考えたことは「幸福とは何か」だった。このゲームの趣旨とはそれていると思うが、やはり「素晴らしき日々〜不連続存在〜」と「サクラノ詩」のせいでこれを考えずにはいられなかった。主人公である夏生はあらゆるものを失って都会のアカデミーから田舎にやってきたが、彼は田舎で欲しかったものを手に入れ、救われた。彼は自分を救うために世界を救うという手段をとり、そのためにアカデミーで勉強していたのだが、結果的に彼は世界を救うまでもなく救われてしまうのだ。そして彼は充実した田舎での生活に満足感を覚え、その現在が幸福であると言う。しかし、それに対しアトリは「夏生さんは幸福ではありません。アカデミーに戻るべきです」(厳密には覚えてないが大意はこんな感じ)と言うのである。そしてこのやり取りは何度か繰り返される。このシーンがあまりにも衝撃的だった。幸福とは他人に決定されるものであるのか、自分で決定するものであるのか、それを考えさせられた。そして、そもそも幸福とは何なのであろうかと考えた。

 個人的に幸福とは「ありふれた日常」であると考えている。「ありふれた日常」を定義するはややこしいことになるので省くが、大体はそのままの意味だ。これはどちらかといえば夏生の考えに近いだろう。ゆえに、もし仮に自分がそれなりの暮らしで満足感を覚えていて自分は幸福だなあと思ってる状態で「お前はもっと挑戦すべきだ!現状に甘んじるのは幸福ではない!」とか言われたら「はあ?」となってしまうのだ。「ありふれた日常」を壊してまでやる必要があるのかと思ってしまうだろうし、最終的に必要ないと判断するだろう。しかしよく考えると、挑戦できること、挑戦すること、そして成功しようが失敗しようがその結果を得ること、それも幸福なのかもしれないとも思えた。やはり幸福とは難しい。

 最終的に夏生はアカデミーに戻る決断をする。しかしそれは不自然なことではない。なぜならアカデミーに戻るというのはアトリの最後の願いであり、アトリと再会を果たすという夏生の願いをかなえるための手段でもあるからだ。つまり最終的に彼は、「幸福はアトリ無くしては成らない」と考えていたのだろう。幸福でいるためにアカデミーに戻るのだ。

 TRUE END では夏生は最終的にギガフロートを完成させ、人類を救うことに成功した。最期を迎えるとき、彼はこの上なく幸福だったに違いない。アトリに再会を果たすという願いも達成することができた。これこそ幸福な最期なのだと強く感じた。そしてこのシーンを見ると、幸福な時間はつかむことが難しい話を思い出さずにはいられない。最高の瞬間に最高の一杯をすることの難しさ。もし夏生がこの時に最高の一杯をするとしたらいつを選ぶのだろうか。アトリと過ごした日々を選ぶのか、結婚した時を選ぶのか、研究を完成させたときを選ぶのか。いずれにせよ、その当時に今こそが最高の瞬間だと選ぶことはできなかったような気がする。もしかしたら、幸福な瞬間というのは死ぬ間際にしか決定することができないのかもしれない。そしてこれは、当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれない。もし夏生がアカデミーに戻ることなく一生をあのまま平凡に暮らしていたら、彼は最期に幸福だったと思えたのだろうか。